アマゾン移民物語
第三部・開拓前線のエリート医師・中西さんの場合
中西厚夫(なかにしあつお)さん(34)、1965年10月4日愛媛県松山市に生まれる。父親の転勤に付いて引越しを重ね、6歳から18歳まででサンパウロ、東京、リオデジャネイロ、大阪、ベレンと五都市間を転々とする。ベレンのアメリカンスクールを卒業後、いったんはアメリカのカンザス州のウィチタ州立大学へ入学、航空工学を学ぶも、「何となく」受験したパライーバ州・ジョアン・ペソーア連邦大学医学部に合格、以降アマゾンを転々をしながら医師を「ずるずると」続ける。ガイジンの奥さんと二人のお姫様に囲まれて、アルタミラで開業医として活躍。(1999年6月30日・ATSオフィスにてインタビュー)
アメリカに一旦は留学して、それを途中で止めちゃったのはなんでですか
医学部に入っちゃったから。駄目だったら戻ろうくらいの気持ちで、冷やかし半分で受けたんですよね。それでパライーバに6年間いて、医学部を卒業してベレンに戻ってきたんです。それでここの連邦大学の医学教室で2年間研修して、その後サンパウロの別の病院で半年研修しました。それでまたベレンに戻って。
で、医者として働き始めた。
ええ、ベレンで一緒に研修していた友人からパラー州の田舎のメディシランジアという街の国立病院で働かないかという誘いがあって、まぁ行ってみようかと思って。結構給料良かったし。
メディシランジアというと、ここから何キロくらいの街ですか
直線ひっぱったら500キロ無いと思いますよ。
その病院では院長をしていたと聞きましたけど
まあ最初は普通の医師として入ったんですけど、一年後に院長やらないかと言われて、はい。
すごい話ですねぇ。
まあでもベッド30床の小さい病院でしたから
でも当時20代だったでしょう
まあ他の医者達も若かったから。
アマゾンの田舎の病院で院長さん。色々大変だったんじゃないですか?
うん、まあ外科医っていうのはどこでも忙しいんですよね。で、街で唯一の病院で、国立ですからどんな人が来ても無料で診療しますから。メディシランジアというのは人口は4万人なんですが、周辺の人口も含めると15万人はいますからね。川で釣りをしていたら急患で呼び出されるなんてことは良くありました。
メディシランジアには何年くらい居たんですか?
3年くらいです。
その時に今の奥さんと知り合ったんですよね。
ええ。
患者さんだったとか。
いえ、看護婦でした。それで何となく付き合いはじめて、そのままずるずると今まで、はい。(笑) 何でも僕は成り行きに任せてますんで。だから嫁さんとも最初の一年は結婚してませんでしたから。同棲して一年経って、「じゃあ結婚しようか」と。
娘は自らの手で取り上げた
こっち(ブラジル)の娘を持つ、特に父親って、そういうの厳しくないです?「うちの娘どうしてくれんだ」って散弾銃で脅された話も聞いたことありますけど。
でもその時彼女の両親居なかったから。彼女の実家はミナスジェライス(サンパウロの北の州)で、両親は向こうに居たから。両親には内緒でした。
で、結婚してアルタミラに移ったと。
そうです。
そこでは開業されたんですよね。
ええ、友人5人と一緒に。そこにあった病院を買ったんですよ。
アルタミラにしたというのは何か理由があったんですか。
まあその周辺で一番大きな街でしたから。
熱帯の病院で働いていると、色々特別な風土病の患者さんとか来るんじゃないですか?
私は専門が外科なんで、あまり関係ないですね。内科の患者さんにはやっぱりマラリアとか、アメーバ性大腸炎とかの患者さんは来ますけど。
言葉の面で苦労はありますか?
殆ど無いですね。でも時たまつっかえることはありますよ。言いたいことはあるけど言葉が分かんない時があります。ま、そしたら適当に他の言葉に置き換えるか、それか家に帰ってから辞書引くか。
日本にも研修に行かれてますよね。
ええ、去年にJICAを通して、慶応大学で3ヶ月間研修しました。
日本の医療技術とブラジルのとはレベル的にかなり違いがあるんでしょうね。
いえ、まったく無いですね、今は。医者や病院による違いっていうのは日本でもブラジルでもあるわけですが、国の間でのレベルの違いっていうのは無いですよ。
じゃあギャップはあまり感じなかった?
ギャップと言うか、外科に関して言えばブラジルのほうが上手いですよ。日本だったらインターンの最終段階でオペ(手術)を始めるでしょう。こっちはもう学生の時からオペさせてもらえますから慣れてるんですよ。例えば形成外科なんかはリオに世界的に有名な病院があったりしますし。今は日伯の交流も盛んですし、どちらの国でも一流は一流でレベルは同じです。日本との違いと言えば、逆に患者層ですね。日本であれば紹介状があれば一流の医者に見てもらうことは可能ですが、ブラジルではお金が無ければ一流の医者には見てもらえませんから。お金が無い人は、技術的にも落ちる公立病院に行くしかないというのがブラジルの現状です。
私から見ると、外国人として異国で医師として働くって、大変なことだというか、凄いことだと思うんですが、自分ではそう感じたことは無いですか。「おれって凄いことやってるな」とか。
そういうことは全く感じないですね。まあ何となく医学部に入ったから、そのままずるずると医者をしているという感じで、はい。もう成り行きに任せてるだけですから。(笑)
そういうほうが気楽ですからね。何かやろうと思ってやっても上手く行かなかったりするし。ですから成り行きに任せて、死ぬときは死ぬんだから適当にやっとこうと。(笑)
ところで、アメリカの大学に入ったあとにブラジルに戻ってきて、何時頃からブラジルに永住しようと決心したんですか。
いや、実はそういう覚悟も無いんですよ、まだ。今のところいるけど、何かあったら日本に帰ろうとか考えてます、はい。何となくまだ居るという感じ。他に行くところが無いから。それに今日本に帰っても国家試験に受からなきゃならないし、日本は医者余ってますから、職探すとしたら過疎地に行くしかないですしね。北海道の山奥とか。
それも悪くないとか思いません?
いえ、まあこっちでも結構収入良いですから、敢えて帰る理由も無いんです。だから普段はここで生活して、年に一回日本に帰って温泉行くとか、そういうのが良いです。
やっぱり帰りたいとか思います?
そりゃあ思いますよ。でも日本に住む理由は無いんですよね。たまに帰って、2週間もいたらそれで済みますからねぇ。日本に住むっていう気持ちは起こらないですよね。こっちに住んでるからこそ日本に帰っても色々面白いんですよ。美味いもの食べて温泉行ったりとか。
日本にはご兄弟は?
上と下に一人ずつ兄弟がいます。二人とも大学出てサラリーマンやってます。
で、厚夫さんだけが外国で、
そう、浮浪者のようにうろうろと…(笑)
親御さんは「帰って来い」とか言いません?
もうあきらめてますね。何も言いません。
今の生活は、ポルトガル語が9割9分ですか。
ええ、向こうでは完全に。
食べ物もブラジル食ですか。
そうですねぇ。でも朝食は日本食食べてます。
奥さんが作るとか?
いえ、自分で、味噌汁作って、納豆とか一緒に食べてます。
奥さんは、
嫁さんは食べないです、はい。
今の生活に何の不便も不都合も感じないですか。
うん、あまりそういうこと考えないですから。食べて暮らせたらそれで良いと思ってますから。時々何か気になることがあっても「ま、いいか」と。
この先どうするかなんてことは…
いやあ全く決まってないです。
ブラジルの他の地域に行こうなんて思います? アルタミラに居るのには何か訳があるんですか?
まあ向こうで成功してますから。特に思い入れは無いんです。他の街で成功できるなら他の街でも良いんです。
でもそんな欲があるわけでも無いと。
ないですね。今のところ上手く行ってるからもうしばらくは居ようと思ってます、はい。来年か再来年にアメリカに行こうかとは思ってます。アメリカの医師免許も持ってますから。研修を受けに行きたいと思ってます。
じゃあアメリカで開業しようとかも考えている?
まあありえなくは無いけど、アメリカも結構難しいんですよね、医者も余ってるし。
ブラジルにこだわりは無いんですか。
ないですね。
でもブラジルは好きですか?
ええまあ。でも住むんだったら太平洋の島国とか良いですねぇ。ミクロネシアとかあの辺とか行ければ良いんですけど。アマゾンよりそっちのようが魅力ありますねぇ、実は。珊瑚礁とかヤシの木とか。良いですねえ。
中西さんのふるさとってどこになるんでしょうねぇ。
うーん、無いんですよね。敢えて言えば東京に実家がありますから、東京ってことになるんでしょうけど。帰るとすれば葛飾亀有でしょうね。
帰ったらやっぱりほっとするんですか。
ほっとするというか…、まあ楽しいですよね、はい。ふるさととかいう思い入れは余り無いんですよ。
不思議なのは、ベレンで高校を卒業してアメリカに行った訳でしょ。その時に日本の大学に行くという選択枝もあったと思うのですが。
その時日本という選択肢は無かったですね、はい。日本で医学部行こうと思ったら、受験が大変だし、金もかかりますからね。こっちは連邦大学ただですから。日本だったら私立で6年間で5000万円くらいかかりますよ。
高校のときからもう日本に帰るつもりは無かったんですよ。
それはなんで?
やっぱり日本の生活かなぁ。ぬるま湯につかってる感じで、刺激が無いから。こっちだったら色んな刺激があるでしょ。危険もありますけど。
それは分かりますね。外国に住んでると飽きないというのはありますね。でもそれを高校生のころから考えてるっていうのも普通じゃないような気もしますが。
若くして日本に飽きてしまったと…。(笑)
日本の人たちはどんどん外国に出るべきだと思いますか?
そうですねぇ、向き不向きがあると思いますけど。几帳面な人はやっぱり日本のほうが良いんじゃないですか。いい加減な人は外国でも大丈夫だと思います。でもお金無いのはつらいですから、金を持ってくるか、手に職つけてくるかが良いんじゃないですか。
インタビュー後記
淡々とした受け答えに、飾らない自然体の中西さんの人柄そのものが出ているインタビューでした。余りにも現実的で淡々としているので、彼の言う内容も当たり前のことのように聞き流してしまったりするのですが、やっていること自体はやっぱり非凡で、感心してしまうことしきりでした。
バックナンバー
第一部・アマゾンの篤農家・北川さんの場合(3月31日UP)
第二部・森の昆虫学者・ピエールさんの場合(4月30日UP)
第四部・現代のコンデ・コマ・町田さんの場合 (9月21日UP)
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