週刊アマゾンニュース

vol.032

 

【1】 グアマ河に橋かかる

【2】 アマゾン議会開催

【3】 アマゾン植民地化の野望?

【4】 ゴム産業、再び栄えるか

【5】 アマゾンのアメリカ人

【6】 水上学校


【1】 グアマ河に橋かかる 31/MAY, Belem

昨日、アウミールガブリエル・パラー州知事は、州政庁にて関係者出席のもとに「東部パラー道路網統合開発書」の調印式を行った。これで州民待望のグアマ河橋梁建設が45日以内に開始されることになる。パラー州東部は豊かな天然資源を利用した農業(胡椒、デンデ椰子、トロピカルフルーツ)や鉱物産業(アルミ、カウリン、鉄、銅)を有しながら、グアマ河やモジュー、アカラ河に遮断され、ベレン及びサンパウロ市場へ流通の大きな壁となっていた。胡椒の産地で知られる日系移民移住地のトメアスー産業組合は、グアマ河への橋建設がいかに東部パラーの経済発展に必要かを30年前から州政府へ陳情してきた。また80年代にはバルカレーナ市に日伯共同プロジェクト「アルブラス・アルノルテ」のアルミコンビナートと港が完成したことなどで、グアマ河橋梁建設に始まる東部パラー道路網開発は州政府にとってプライオリティの高い案件だったが、92年リオで開催された世界環境サミットを契機に盛り上がったアマゾン地域環境保護問題に阻害された形で棚上げになっていたが、今回就任6年目のガブリエル州知事の熱意が世論を説き伏せた形だ。従来この手のプロジェクトは世銀や外国からの資金協力で行われるのが常であったが、このプロジェクト総額1億9千万レアル(約1億300万ドル)は、州政府と国内資金で賄われる。第一期工事のグアマ河橋梁が完成すれば、ベレン市からバルカレーナまで陸路50分で結ばれる。トメアスー、アカラへの陸路もつながることになり、同地域の日系人への大きなプレゼントでもある。



【2】 アマゾン議会開催 03/JUN, Belem

昨日から今日にかけて、アマゾン河口の街、ベレンでアマゾン議会が開催されている。これは法定アマゾン地区の州知事、州会議員、アマゾン地区選出の下院・上院議員が一同に会してアマゾンの未来に関する討論をするというもの。テーマは「アマゾニアの人々、人類のアマゾニア」。この会議は、アマゾンに住む人々自らが、土地の未来を決めていこうという運動の一環。会場となったベレンヒルトンホテルの正面には、プラカードや横断幕を掲げた材木工場の労働者、NGOメンバー等が約1000名集結したが、無用の混乱を避ける意図からか、群集は終始無言で思い思いのプラカードを抱え、アマゾン議会参加の政治家へ無言のデモを行った。



【3】 アマゾン植民地化の野望? 19/APR

世界各国のアマゾンに対する野望は前世紀から始まっていたという記録がある。アメリカ海軍の高官、MATHEW FAWRYは1817年、本国の国務長官に親書をしたため、自筆のラテンアメリカの地図を添え、アマゾン地区に直轄領を画定することを進言している。その後、奴隷解放令を発布した大統領、リンカーンは解放奴隷の代表者と会見し、「アマゾン地区に黒人の独立国」建国を進言したりもしている。各国のアマゾンに関する並々ならぬ興味をあらわす発言は現代にいたっても変わらない。現アメリカ副大統領のゴア氏:「ブラジル人が考えているのとは反対に、アマゾンは彼らのものでは無い。アマゾンは皆のものだ」、ゴルバチョフ氏(92年):「ブラジルはアマゾンに関する権利を一部放棄して国際機関に委託するべきだ」などは、この種の発言のごく一部だ。



【4】 ゴム産業、再び栄えるか 30/MAY, Manaus

かつてアマゾンには究極のゴム景気に沸いた時代があった。自動車の発明とともに急激に高まったゴムの需要を一手に引き受けていたアマゾン地区には巨大な富が転がり込んできた。その後ある一人のイギリス人によって密かに苗が持ち出され、東南アジアでプランテーション栽培が行われるようになり、一時はブラジルの全輸出額の40%を占めていたというアマゾンのゴム産業は一気に衰退したと言われる。

ここにきて、アマゾナス州政府が、天然ゴムの買取に補助金の支出を考えているという朗報は、ゴム採取人や仲買業者を喜ばせている。アマゾンのゴムは天然の木から採取するもので、ゴム採取用に栽培された木から取れるものよりも高品質だと言い、またサンダル、飛行機のタイヤ、コンドーム、哺乳瓶の乳首等、天然ゴムでなければならない製品はまだまだ多く、需要は根強くあると言われる。



【5】 アマゾンのアメリカ村 29/MAY, Manaus

アマゾンの片田舎に、突然場違いとも思われる光景が現れる。まるでアメリカの田舎のような光景、そしてそこにいるのも金髪、青い瞳に英語を話す人たち。実はここ、インディオの教化に訪れているプロテスタント福音派の宣教師の子弟の学校で、生徒はアメリカ人、授業カリキュラムも全てアメリカ方式で行われている全寮制の学校で、約50年近くの歴史を持つ。学内公用語も英語。校則は厳しく、テレビは授業に使われるだけ。恋愛も15歳まで許可されていない。寮生のルーベンス君(17)は、「マナウスの街に行くと、恋人達が人前で手をつないだり、くっついたりしてて驚くんだ。ここでは皆もっと保守的で、手をつないだりさえしない。触ってもいけない感じなんだ」と言う。ほぼ全員がポルトガル語も話すしブラジルのことも大好きだと言うが、この学校で一番人気のあるのはバスケットボール。やっぱりアメリカなのだ。



【6】 水上学校 31/MAY, Manaus

マナウスから約20キロ、モーターボートで30分のところにあるこの学校は、土地の特徴を生かした水上ハウス。生徒数は約70名で、付近の農家や漁師の子供達だ。子供の頃から親の仕事を手伝い、余り勉強に興味を示さない子供達を学校に惹きつけておくのが一苦労だという先生、アントニア・ゴメスさん(52)は、一人で学校の全てを切り盛りしている。「ここを巣立ってマナウスの高校に進んだ子供も沢山います。困難に打ち勝って次の段階へ進む子供達を見ているのが私の幸せ。私の教え子全員に困難に打ち勝って欲しいと思うんです」親と一緒に漁に出たり、カヌーで30分かけて通ってくるのが億劫だったりで休み勝ちな子供たち。今週から政府支給のおやつが出るようになり、通ってくる子供達も増えたそうだ。

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