週刊アマゾンニュース
vol.045
【1】 土地を巡る争い
【2】 深夜のダウンタウンサーファー
【3】 ガリンペイロの夢再び
【1】 土地を巡る争い 05/DEC, Rio Preto da Eva
マナウスから約80キロの街、リオプレット・ダ・エヴァ市内南部の42ヘクタールの土地を巡って小さな諍いが起きている。所有権を巡って対立しているのは、この地に約9年間住む、様々な種族からなる14家族のインディオたちと、97年に土地を購入し、現在同地を分譲販売しているアルレーネ氏。先月19日には購入した分譲地を訪れた購入者たちがインディオ達に矢を射られ追い出されるという事件が起きた。現在同地の所有権は裁判によって争われており、判決が出るまで販売は禁止されているが、不動産屋は半ば強引に販売を続けていることがインディオ達を刺激している。彼らインディオがこの地に住み始めたのは9年前、当時土地の所有者だったアメリカ人のリチャード氏が、街に住んでいたインディオ達を集めインディオ文化保護のためのコミュニティーを作ったのが始まりだった。その後リチャード氏は交通事故に遭い意気消沈したのか、プロジェクト半ばで同地を二束三文で売り払ってしまい、後にはインディオ達が取り残された。現在の土地所有者は「この土地は合法的に手に入れたものだ。インディオだとか言い張る連中が居座ろうとしているのは迷惑だ。以前の所有者のプロジェクトが上手く行こうと行くまいと、私の知ったことでは無い」と言う。インディオの住民であるファウスト・サテレー氏には同地の一部を不当に売却したという密告も寄せられており警察が捜査にあたっているが、真偽のほどは定かではない。
【2】 深夜のダウンタウンサーファー 04/DEC, Manaus
マナウスのダウンタウンに夜な夜な現れる約20名の13〜20才の少年達。彼らの目的はサーフィンをすること。尤も内陸の地マナウスには海も波も無い。彼らは停留所付近でバスを待ち、スピードを上げるバスに追いすがり、窓につかまって屋根の上によじ登る。スピードを上げるバスの屋根の上でバランスを取りながら「サーフィン」し、木や電線は伏せてやりすごす。グループのメンバーである15歳のある少年は言う。「まだ始めたばかりなんだ。前は友達がやるのを見るだけでびびってたけど、やれるもんならやってみろって挑発されて。やってみたら面白かった。風が気持ちよくて自由になった気分さ。」彼は3年間小学校に通ったが、その後行かなくなってしまった。「バス代を払えなかった」からだという。 「奴らは死ぬのが怖くないみてえだ」というのはバスの運転手ヴァルヂール氏。「知り合いの運転手は、サーフィンされてることに気が付かねえでスピード出して、客を拾うために急ブレーキ踏んだら子供が落ちてきたって。勿論病院に運んだらしいけどさ。それ聞いて俺も夜の当番はなるたけ引き受けないようにしてるんだ。」 サーフィンに気が付いた運転手が降りるように言っても、逆に凄まれてしまうこともあるとか。規則や決まり事を破ることで「自由」を深呼吸した積もりの子供達の「危険なスポーツ」は終バスまで続く。
【3】 ガリンペイロの夢再び 06/DEC, Brasilia
セーハペラーダの金鉱約100ヘクタールの採掘権をガリンペイロ(金掘り人夫)に復帰させる法令案が、昨日、連邦下院の憲法司法法案起草委員会で満場一致で可決された。実施に至るまでは、来年の本会議の可決を待つ必要があるが、8年ぶりのガリンペイロの復権へ向け大きな一歩を踏み出したと言える。法令案の可決を訴えてブラジリアでほぼ3ヶ月間キャンプを張っていたガリンペイロ達数百名も漸くセーハペラーダへと戻っていくことができる。
<セーハペラーダ略史>
1974 法令により、アマゾニア鉱山株式会社(のちのバーレ社)が、同地で鉄鉱石の採掘 権を得、操業 開始
1980 同地で金鉱床発見 発見後2ヵ月で2000人のガリンペイロ流入
連邦政府が国家情報局を通じ介入・当時の陸軍中佐クリオー氏がガリンペイロとの間に入り仲 介人となる
1981 ガリンペイロ5万人に膨れ上がり、クリオノーポリス市が出来る
1983 大統領金鉱の閉鎖を決定するが、連邦下院議員クリオー氏の統率する10万人のガリンペイロ抗 議 クリオー氏の提出した5年間の採掘延長案は議会で可決されるも、大統領の拒否権行使に 遭う。国家情報局に代わってセーハペラーダの管理に当たった鉱物エネルギー省は「治安が保 たれるという条件付で」ガリンペイロの駐留を許可。最大の金採掘量が史上最大の14トンを記録
1984 ガリンペイロがセーハペラーダの占有を主張、緊張一気に高まる。
ガリンペイロがベレン・ブラジリア街道、アマゾン横断道路を封鎖、法令により100haをガリンポ に割譲する代わりにバーレ社に6400万レアル(約37億円)が支払われる。同地はガリンペイ ロによって3年間、海抜190mまで採掘することが許可された。その後1992年まで数回に分 けて期間が延長される。
1992 大統領が再びバーレ社による同地の調査・採掘権を認め、ガリンペイロは蚊帳の外へ。ガリン ペイロ達の採掘権を巡る闘争が始まる。