【3】日本人旅行者投稿文 : ホライマ山トレッキング
6日間
ガイアナ、ブラジル、ベネズエラの3国にまたがり そびえ立ち、シャーロックホームズの原作者コナンドイルによる小説「ロストワールド」の舞台ともなったホライマ山。この小説に描かれた特異な環境に惹かれ、これまで多くの探検家達が調査を行ってきた。頂上が平らになっていることから、テーブルマウンテンと呼ばれるが、地元のペモン族はこれを「テプイ」と呼ぶ。テプイは、世界ではギアナ高地(ベネズエラ・コロンビア・ブラジル・ガイアナ・スリナム・フランス領ギアナの6ヵ国に広がる高原地帯)にのみ数多く存在する。 なぜこのような特異な形のものが形成されたかと言うと、現在の五大陸がまだパンゲアと呼ばれる一つの大陸であった20億年前、ギアナ高地はパンゲア大陸の中心であったといわれていた。そして、多くの年月を経て大陸が分裂していく中で、形成されたものがこのテプイであると考えられている。
テプイは、四方を垂直な絶壁に囲まれ、外界と切り離された生態系を持つことから進化の箱舟とも呼ばれ、十八世紀の発見以来、領土問題、黄金郷の伝説といったサブストーリーを抱えながら多くの探検家、登山家の好奇心を刺激してきた。この私も、写真を見て、魅了されてしまった一人である。
旅の起点は、ベネズエラのサンタエレナ デ ウアイレン 。ブラジルとの国境の町で、金やダイアモンドの産出地としても知られている。人口1万人ほどの町は世界中から集まったガリンペイロ達で形成されてきたためか、顔立ちは様々である。観光地として成立し始めたのは、ここ数年のことで、近年エル・ドラードと、ボアビスタからの舗装道路が完成したことにより本格化し始めた。
旅行会社にてサンタエレナ発 5泊6日のトレッキングツアーに申し込む。英語ガイド、ポーター(3日)が基本で、テント、寝袋もレンタルした。
翌朝10時にホテルを出発。フランス人の英語ガイド「ミレイラ」と挨拶を交わす。我々を乗せた4WDは、サンフランシスコというインディオの街を通り抜けて、パライテプイというペモンインディオ達の住むホライマのふもと付近までやってきた。パライテプイにてポーターのカルメロと合流する。パライテプイには学校があり、ちょうど授業を終えた子供たちが外に出てきたところであった。全生徒数は100名ほどで、思ったよりも多いなと思った。ペモン族と一般的に呼ばれるが、居住地区により呼び名が異なり、サンタエレナ周辺のインディオを「タオレパン」と呼ぶ。学校では、まずタオレパン語を勉強し、スペイン語習得はその後だいぶ大きくなってからするものだということを知った。カルメロは、ブラジルにも働きに行ったことがあるため、スペイン語の他に、ポルトガル語も話すというちょっとインテリなインディオであった。
ペモンテプイで、簡単な昼食(サンドイッチ)を済ませると、私たちは 早速登山。まだ近くにはホライマ山は見えなくて、穏やかな丘陵だけが続いていた。ひたすら歩くことしばらくして、何度目かの丘を登りきったとき、ホライマ山とクケナン山が見えてきた。「ああ、これなんだよなあ」 と、山に登ることの喜びを味わいながら、しばらく立ち尽くしていると、ミレイラは言った。「きれいでしょ。もっときれいなところが この先にあるわよ」と。
1日目の宿泊は2つのテプイ(ホライマとクケナン)がよく見える絶好のポーションであった。夕食は、スパゲティ ボロネーザ。ミレイラの作る食事はおいしい。食事には全く期待していなかっただけに、とてもうれしい誤算であった。さすが味にうるさいフランス人である。夜の山は冷えるので、カルメロが木を燃やして暖をとらせてくれる。そしてついでに、明日の夕食に使う鶏肉も丸焼きにした。じっくり炭火焼された鶏肉は、さぞかしおいしいだろうと、明日の登山もまた楽しみになってくるのだった。
2日目
朝の目覚めは夜明け前。まだ薄暗い中に起き出して、遠くに黒いシルエットのようにうかぶテプイを眺めていると、「どうして、私はここにいるのだろう」と、とても不思議な気持ちになった。
昨晩、木を燃やしているカルメロに「あなたたちペモンは、ここに生まれ、ここに育って、とても幸せですね」と言ったとき、少しはにかんだ笑顔で、「ええ」と頷いた。私は、日本に生まれたことを 誇りに思うけれど、やはり ここに生まれ育って、自分たちのテプイだと思える彼らのことも 羨ましく思えるのである。幸せの次元は交わらない空間を備えているのかもしれないと思った。
2日目の朝食は、アレパというベネズエラ料理。粉をこねて油であげたものの中にトマト、ピーマン、たまねぎ、玉子を炒めたものを入れて食べる。山にいながらにして、異国文化を知ることのできる このトレッキングツアー、なかなか粋なもんだなあ と一人で感心していた。私がとても感心して食べていたので、ミレイラは、サンタエレナに戻ったら、「アレパの粉を買える場所を教えるわ」と言ってくれた。
ミレイラみたいに、簡単にささっと料理をつくれる人間になりたいと思う。料理を作っている姿を見ながら、世界で生きていくことは、とてもシンプルなことなんだなと改めて思う。
2日目は、テプイのふもとまで到着した。近くの川でミレイラと一緒に水浴びをした。 この川の水で、体を洗い、洗濯をし、食事をする。インドのガンジス川でも同じ光景を見たが、あの水とは全く違い、水の底まで見えるほど透明で美しい。このあたりでは、周囲を囲む雲から降り注ぐ雨により、ホライマ山頂及び地下に無数の水脈が流れている。「ホライマ」という言葉と響きが似た言葉で、ペモン語に「ルルマイ」という言葉があるが、これは「母なる水」を意味する。ここの水は世界で最も不純物が少なく美味しい水といわれているということを後から知った。
3日目
早朝起きて、水を汲みにいく。川の水を汲むという行為が、こんなに素敵なことだなんて知らなかった。しばらく足を川の水に浸してブラブラさせ、木漏れ日を浴びて ホライマ山にいるという実感を身体に染み込ませた。
朝食を済ませて出発すると、昨日までの穏やかな丘陵と異なり、急に岩場が増えてきた。乾季のせいもあるのだろうが、石と砂の上を歩いていて すべりやすく危険だ。頭上には大きな岩がたくさんある。「乾季は崩れてきて危ないのよ。」とミレイラは平気な顔をして言う。こんなのが落ちてきたら一発で死ぬな・・・。と思っていたら、そんなことを考える余裕もないほど急な岩場になり、まるでロッククライミングをやっているかのようになった。ガイドブックにはたしか、初心者でも大丈夫なんて書いてあったけれど、結構大変じゃないか・・・。などと、頭の中で文句を言いながら、ミレイラの後をひたすら追いかけた。
4時間ぐらい登った頃だろうか。唐突に「congratulation
!
」と、あたかも「こんにちは」とでも言うような口調で言われた。どうやら登頂したらしい。テプイの頂上がこんなに岩だらけだとは 思わなかった。下界から見上げると 平らな山頂に思われたが、真近で見ると結構起伏に富んでいる。予備知識もなく登った私は、てっきり上は森林でもあるのではないのかと思っていた。岩と岩の間に僅かに植物が存在するのみで、そこにはまさに地上から取り残された時空間が存在していた。
ギアナ高地ではその膨大な雨量によって、土中のリン・窒素などの植物生育に不可欠な栄養分が流されてしまう為、一般的な現代植物は生息出来ない。それゆえ、その栄養分を土中からではなく昆虫から摂取するという原始的食虫植物が現在でも多く生息している。しかし、そんな食虫植物の枯れ後を養分とする現代種も徐々に増えつつあるということである。旅行者の捨てていった食材の残りなどから、エコシステムが崩れ始めているという。
テプイの頂上は80kmほどあるゆえ、頂上に到着しても それでおしまいというわけにはいかない。テントの位置を決めると、水浴び場まで2時間ほど歩く。クリスタルが底に散らばる透明な水での水浴は2800mの頂上にいることを忘れさせた。「この水を浴びれば10年は若返るのよ」とミレイラは言う。こんな山の上にできるクリスタル。何億年もじっと岩の中にいたら、そんな力もあるかもしれない。太陽に近いクリスタル。強い生命の力を持っていてもおかしくない。
夜は、二人でカイピリーニャを飲みながら、テプイの辺りに住んでいる人々についての話をした。そもそもテプイが完成したころ、この周辺には誰も住んでいなかったのだという。スペイン人が南米大陸にやってきて、この近くに金があると耳にし、カリブ海沿いに住むインディオを連れてきたのが、この地に人が居着いた始まり。ペモンインディオは、カリブ海のインディオの子孫なのであった。そんな話をしながら、山のふもとの方を眺めていると、赤く光っているのが見えた。「インディオが、ああやって毎日森を焼いているのよ。伝統だから、どうしようもできない。彼らに何度言ってみたって、聞く耳もたずなのよ」とミレイラは悲しげに言った。
4日目
「ポントトリプル」というガイアナ、ブラジル、ベネズエラの3カ国のポイントへ向う。3時間ほど歩いて到着すると、さらにブラジル側の端まで行こうということに。しかし、岩と岩の間が1mぐらいあいていて、危険極まりない。ブラジル側からのトレッキングがほとんど行われないことが納得できた。しかし、ミレイラは 振り返りもせずに、どんどん先へ進んでいくので、私はその後を追わざる得ない。足をすべらしたら、即、転落死である。
5日目
とうとう下山日が訪れた。1日目のキャンプ地まで 一気に降りるということなので、連続7〜8時間は歩くことになる。このトレッキングで今日が一番ハードである。とにかく滑らないように、滑っても足を折ったりすることがないようにすることに気をつけて、ゆっくりと降りた。キャンプ地に到着するころ、15時過ぎであった。だいたい7時間ぐらい歩いたのだろう。少しずつ全景を映し出すホライマを後ろに感じながら、ただ黙々と下山する。登りよりも 時間が経つのが 非常に緩やかに感じられた。もう、そこに興奮はなく、ただ前に道があるから進むという精神を失った肉体のみの自分がいる。
6日目
パライテプイまで下山。2月は乾季にあたり、まったく雨の降らない日が続いていたのだが、このトレッキングで初めて雨が降った。ミレイラは「やっと雨が降ったわ」と少し安心していた様子だった。サンタエレナの水不足は 相当ひどいものらしく、洗濯もできないので、水の出る家に持っていき、まとめて洗濯するらしい。シャワーの水はもちろん出なくて、桶に水をためて体を洗うとのこと。雨が降ると滑って非常に歩きづらいなどとは、言ってはいられないなと思った
もうすぐ この山の景色も見られなくなる。そう思うと、名残惜しくて、度々 後ろを振り返って歩きつづけた。振り返ってもホライマが見えなくなってきた頃、パライテプイの村が見えてきた。
ホライマ山への行き方
ベネズエラのサンタエレナ デ ウアイレン市がトレッキング拠点となります。
ブラジルのボアビスタから国際バスで3〜4時間。20R$程度。
長距離バスターミナル到着後、ホテル、旅行社の並ぶ通りまでは徒歩5分
各旅行社にて、ホライマ山トレッキングツアーを取り扱い有。
250ドル〜300ドル程度(2人〜4人参加、5泊6日コースの場合)
ベネズエラ:日本人はVISAの必要なし。
バス内で黄熱病注射証明書提示あり。 |