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                   Vol.101 
発行日:2003年10月24日 
今週のニュースは...

【1】新連載コラム「浩さんのアマゾン・スケッチ」【タカカの味】   
【2】CIRIO DE NAZARE(ナザレ大祭)
【3】ベレン日記

【1】新連載コラム「浩さんのアマゾン・スケッチ」

ペンネーム「アマゾン浩」さんからの投稿コラムの連載が始まります。浩さんは二十歳でアマゾンへ、日本人移住者として原始林の開拓から始め、30年後、日系商社の部長まで上り詰めた時、期するものがあって単身日本へ帰国、10年を過ごした後、再びアマゾンへ戻ったユニークな人物で、現在ベレンで晴耕雨読の生活を楽しんでいます。

昭和30年代の日本からアマゾンの新天地、一転してバブルの頂点の日本とその後の凋落を実体験した視点からの、コラムが期待できそうです。

<浩さんのアマゾン・スケッチ>-0

【タカカの味】

 風に乗って熱帯雨林の香りがベレンの街全体をつつんでいる。

 街路にはマンゴ−の大樹が緑のトンネルをつくって、広大なアマゾンの入り口にふさわしい大自然の息吹を感じさせてくれる。ベレン市はブラジルの北端の街で、アマゾン河口(巾は約330km、東京〜名古屋間の距離に匹敵する)の三角州に位置し、海抜0m、人口は約150万人でパラー州の州都でもある。年間平均気温は26℃、午後になるとほとんど毎日と言っていいぐらいスコ−ルがやって来る。気温は高いがそのため凌ぎやすい気候である。

 このベレンの街にはアマゾン特産の果物のジュ−スやアイスクリ−ムがあり、自然の風味を楽しむことができる。有名な郷土料理の数も多いが、中でも<タカカ>と呼ばれる食べ物はことに有名である。ホテルやレストランで注文したくても置いてない。タカカは街角や公園の片隅、盛り場の屋台でしか売ってない庶民的な食べ物である。

  アマゾンの主食であるファリーニャを作る過程で抜き取った水分、つまり搾り汁をピメンタシェイロと呼ぶ薄黄色の小粒の胡椒と少量の塩を入れ、煮込んだものがタカカの調味料のツクピ−である。タカカは抜き取った水分(前述の搾り汁)を沈殿させ乾かして澱粉にする。この澱粉の¨くず湯¨にツクピーをかけ、更にジャンブ−と称する植物の葉(舌がぴりぴりとしびれる香り草)を煮て具とし、乾し海老でくず湯とツクピ−をよくかき混ぜ、フーフー吹きながら食べるのが名物のタカカだ。

 このタカカはクイヤと呼ばれる日本の味噌汁椀より、やや大きめの半球型の容器で食べる。丸い瓢箪の一種をくりぬきその内側には黒いペンキを塗る。一見グロテスクで初心者は尻込みしてしまう。タカカ通になるとクイヤ以外の器では決して食べない。誰が口をつけたか分からないし、衛生的だとの保障もないがこれでないと味が落ちるとばかりにお好みのクイヤをあれこれ選んでいる。大きさは不揃いだが自分で食べれる量をこのクイヤの大きさで決めれる利点もあり、アマゾニアンの知恵が伺われてなかなか面白い風景だ。

 具のジャンブーの形は小松菜に似ており味は山椒のようである。ピリピリ、スースーと揮発性の感じがする。マンジョカ芋の搾り汁のツクピーに強い胡椒のピメンタシェイロ、具のジャンブーと乾し海老、味のコントラストは絶品で棄て難く忘れられない。高温多湿の赤道直下のベレンの街角で、通り過ぎる可愛いモレーナを上目遣いに眺めながら、熱いくず湯とピリピリ、スースーは慣れればやめられない味ではある。

【2】CIRIO DE NAZARE(ナザレ大祭)

CIRIO DE NAZARE(ナザレ大祭)は、300万人ものキリスト教(カトリック)信者たちが聖母マリア像に同行してベレンの町を歩き回る盛大な宗教祭です。

1793年から毎年、208年間ベレンで行われていますが、その起源となる聖母への信仰はもっと前から始まっています。1700年、Placido de Souzaが、現在ナザレ大聖堂があるムルツクという小川岸で聖母像と出会い、彼は、その聖母を家に連れて帰った。しかし、不思議なことに次の日聖母は元の場所へ戻っていた。そな奇妙な象が何回も続きました。そこで、Placidoは、聖母と出会た場所に現在のナザレ大聖堂の原点となる礼拝堂を建てた。そこに、たくさんの聖地巡礼者が、聖母の奇跡と恩恵を求めて訪ねてきた。その大きな信仰が後に、CIRIO DE NAZAREとなった。

 最初の聖体行列は1793年の9月8日金曜日に行われた。その年、ポルトガル人の知事、Francisoco Coutinhoは、教会に来る信者たに感動させられ、その信仰を普及させるための公共的な祭りを行うことを決した。しかし、祭りの前日、知事は病気にかかってしまう。回復した折りには、聖母像を知事公邸まで連れて行きミサを行うと約束した。その後すぐ、知事は回復し、聖母像を知事公邸に連れて行く約束を果たした。このようにベレンの町でブラジルでの大きな聖体行列が始まった。

 1900年まで、聖体行列は9月に行われていた。現在は、10月の第2日曜日に行われている。聖母像を運ぶ道のりも変わり、初期は知事公邸の教会からムルツク小川の方向へ、1882年からDom Macedo Costs司祭によって大聖堂が出発地点に変わった。ベレンの町はアスファルトではなかったので、聖体行列の通る特別な場所が、グアジャラ湾が満水となり大きな沼地になってしまうことから、聖母像を運ぶ輿牛によって引っ張られた。しかし、牛聖母像に同行する信者に危険を及ぼし始めたことから、20世紀には牛は聖体行列には使われなくなったが、縄だけはそのまま残され、現在もナザレ大祭の主なシンボルとなっている。

 ナザレ大祭は、ブラジルの3代祭りでもあり、今日では聖母マリアのもっとも大きな宗教祭の一つだと言われています。

聖母像の道のり(2003年)

10/10 ジェンチル学校(車)

→ベレン近郊のアナニンデウア

10/11 ベレン近郊のアナニンデウア(車)

→ *ベレン近郊のイコアラシ(船)

 →ベレン(オートバイ)

→ ジェンチル学校(行列)

→セ教会

*100船以上の船が、聖母像とともに川を上ります。

                   10/12 *セ教会(行列)→ナザレ大聖堂

 *セ教会からナザレ大聖堂の約3キロの道のりを、5時間程かけて聖母像とともに歩きます。

 その後、約2週間聖母像はナザレ大聖堂に飾られます。2週間後の10月26日の日曜日に聖母像はナザレ大聖堂から元のジェンチル学校へと帰っていきます。これをRECIRIOといいます。市民が聖母の姿を見られるのは、このCIRIOの時期だけになります。

【3】ベレン日記

10月11日、聖母像は船にゆられて、イコアラシーの港を出発し、ベレン港に戻ってくるという船旅をします。その聖母像が乗っている船のまわりを、100船以上の船がお供します。それをロマリア・フルヴィアルというのですが、私もそれに参加してきました!船は6時40分に出発ととても早く、私は眠さをおさえながら、5時に起きて行ってきました!

参加者たちは、みんCIRIOの白いTシャを着ます。船が出発して、少し落ち着くと、聖母へのお祝いの歌をみんなで歌い始めます。気が付くと、どこからともなくの船がたくさん集まってきて、空にはヘリコブターも飛んでいました。全ての船が、聖母に奉げるために歌を歌います。それは、なんとも言えない一体感を生み出していました。

全く知識のない私ですが、みんなが一生懸命歌っているその光景をみて、とても感じさせられるモノがありました。信じるということは、一体どういうことだろう。日本は世界に珍しく宗教信が薄い国です。毎日の活の中で、宗教について取り留め考える機会もそう多くありません。そう、宗教とはあまり身近なモノではないといった印象が強い。しかし、これは前から感じていたことだが、ブラジル人の人たちは本当に熱心に信じている。私が感じたのは、宗教がどうこうというよりも、人々が信じる力にはものすごいパワーがあって、そのパワーは人心を動かすだけの力を持っている。それだけ、信じるということは素敵なことなのだろうと感じた。そんなことを感じて、とても清々しい気持ちになれた一日でした。

10月22日清井智子

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