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【1】浩さんのアマゾンスケッチ第6段
【一握りの元日本人】
汎アマゾニア日伯協会創立45周年を記念して第15回日本週間が開かれ、最終日09/20(土)の神内講堂での盆踊りや正面入り口での日本食祭りは、推測2千人の参加者と言われ大変な人出で賑やかだった。
櫓大鼓を囲んでの盆踊りは圧巻で、人の輪は二重いや三重にも広がった。また、11/09(日)シダーデノーバ厚生ホームでの、第8回厚生ホームバザーと第34回北伯相撲選手権大会も、たくさんの参加者で会場はいっぱいになった。
1929(昭和4)年9月21日、アカラ植民地に第一回アマゾン日本人移民が入植してから、74年の歳月が流れた。そして昭和27(1952)年に再開された戦後移住も50年を迎えた。更に、1958年に創立された汎アマゾニア日伯協会も45年周年式典を祝った。
この時の流れの中に、日系社会は確実に次の世代に引き継がれている。一世から二・三世、四世へと時代は移りつつある。年を経るごとに日本国籍保持者は少なくなっていく。催しものなどの参加者の国籍を考えるとき、日本人移住の移り変わりを克明に刻んだ事象を感じ取ることができる。三・四世の時代へと時は流れているのだ。だが、日本に働きに行ったらブラジル人と呼ばれ、ブラジルに帰ってきたら日本人と言われる。その現実の狭間で二・三世達は、それぞれのアイデンテイテイ−を見つけ出さなければならない。われわれの子孫が各自のル−ツをしっかり認識し、日本文化を背景にブラジルの国づくりに参加しながら、ブラジル人としての役割を果たして欲しいと願う。
【日本人ではあるが、さりとて日本の日本人とはまた少し違う。ブラジル人とは全く異質で、二世とまた異なる文化や思想を持ち、時の流れの中でその都度、棄民、移民、移住者と呼び名も変わり、同じ国籍をもちながらある種の差別をうけつつも、ブラジル社会に黙々と生きてきた一世たちのことを<元日本人>と言うそうだ。】この、元日本人に残された課題。<ブラジル人として失ってはならないもの、それは日本文化との深い絆である。>との理想を如何に、またどのような方法で子孫に伝え、残していけるか真剣に考え努力することでもあろうか。『日本文化を残すことは、その精神を残すことであり次の世代に<民族の誇り>として引き継ぐことが出来れば、最高の喜びにもなろう。』
日本人であることを禁じられたこともあった戦前の一世、昭和二桁の十代後半が戦後最後の移住者、元日本人の年齢層は幅広く、一握りの存在になってしまったが、まだやるべき仕事はたくさんある。バラエティ−に富んだ元日本人の知恵を集めたら、すばらしい遺産を子孫に残せそうだ。頑張ろう! |